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はじめに

 トヨタ生産方式を築かれた大野耐一先生は、まったく社外の人間にも関わらず、また若輩の自分に対して、いつも貴重なお話をしていただきました。本当に自分にとっては宝物になっている、その時のお話を少しでもとどめておきたいと思い、このページを作りました。如是我聞ですが、自分が色々とうかがった話を、少しずつ書きためているうちに、これだけになりました。含蓄深い話がとても多く、自分でも時折読み返しています。

株式会社エムアイイーシステム研究所
伊藤良哉

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Part1

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■ 改善した今が一番悪いと思え

「改善をすると、よく写真をとったりして、改善前・改善後なんて比較して、こんなに良くなりましたなんて言う人がおるが、良くなったなんて思ったら改善は止まってしまう。必要なのは改善をした今が一番悪いのだ、今が一番悪いのだという気持ちで現場を見ることです」

 一時期には毎月のように豊田紡織ならびに豊田合成の相談役室に改善の報告に行ったのだが、いつも何がしかの言葉をいただいた。そんな折に、悪かった過去と比較してどうする、良くなったと思った今が一番悪いのだぞと、言葉は厳しく、しかしボンクラな我々に諭すように教えて頂いた言葉が、今も身に沁みている。

 そうはいうものの「だけど、誰かに理解してもらおうと言う時には、写真やビデオの改善前・改善後の比較は便利だ」と、自らカメラを手にすることもしばしばであったようで、よく資料を見せて頂いた記憶もある。思い出すほどに、本当に丁寧に言葉を選んで、出来の悪い我々に噛んでふくめるように教えて頂いたことが、熱く蘇ってくる。

■ 改善効果は整数で言え

「生産性が20%上がりましたとか30%上がりましたと言って、褒めてもらえると思って報告に来る者がおるが、そんなものパーセントで言って数字を大きくしておるだけで、大して効果が上がっておらんのだね。常々、生産性が上がったと言う時には2倍になったとか3倍になったとか、整数で言えと言っておるんだ。それにだいたい、2割生産性が上がったなんて言われたって、そんな器用に上がるものか」

 おそらく我々に対しては、まったくの部外者であったため、改善効果の上がり方についてどうのこうのというより、むしろ考え方についてお教えいただいたのだと思っている。しかし、なかなか成果の上がらぬ我々に対して、改善効果は整数倍で報告しなさい、というのは強烈だった。いつも我々に対しては、和気あいあいとした雰囲気でお話して下さったのだが、それだけに我々は相談役室をあとにする時には、うなだれることが多かった。雰囲気とは裏腹に、お話される内容は強烈だったからだ。

■ 7つのムダなんて言っておらん

「誰が言い出したのか知らんが『7つのムダ』なんていうことを聞きます。これは多分本を出した時に書いたからかもしれんが、ムダは7つだけじゃないんだね。ただ、昔から『なくて七癖』というぐらいだから、ムダもないと思っても7種類ぐらいはあるんじゃないかということで、作り過ぎのムダとか手待ちのムダと言うようなことを拾い出したわけで、ムダなんて言うのは7つだけあると言うわけではない。だから、これは何のムダだろう、なんてつまらんことは考えんでさっさと改善すればいい」

 大野先生はお話の合間に、こちらがびっくりするようなことを言われる方だった。これもそのひとつ。本に書いてあるからって、私はそんなことは言っていない、なんて言われると正直面喰らったが、お話を伺えば伺うほど、当たり前のことを当たり前に考えておられたり、またお話頂いたような気がする。7つのムダなんて、金科玉条のようにトヨタ式の解説本には必ず書いてあるが、私はそんなつもりで言ったのではない、とか、そんなことは言っていない、というようなお話はたくさん伺った記憶がある。いずれにせよ言葉の使い方には大変意識をはらっておられたのは事実で、何とトヨタ式は言葉に厳しいものかと痛感した次第である。

■ 改善に優先順位なんていうものはない

「ABC分析だかなんだか知らんが、寄与率の高い方から改善の手をつけろなどという話があるようだが、どうせ最後は全部手をつけねばならんのだから、どっちから手をつけようなんて考えている暇があるのなら、さっさと何でも良いからやれば良い。どっちからやろうと考えるその時間がムダなんだ。改善に大きいも小さいもないんだね」

 何でも良いからさっさとやりなさい。それがいつも大野先生に指摘して頂いたことだった。どれから手をつけようなんていうことは、考えなくてもよろしいよ、と。相手にしているのはムダであって、効果を上げようなんていうことではない。もちろんそれは大前提なのだが、どうせエネルギーを使うなら効果が大きい方から手をつけようと考えるのが普通だ。しかし、いずれ全て改善するのだ、全てのムダを省くのだ、ムダに大きい小さいはないぞ、そう仰られる言葉を聞いて、目からウロコが落ちる思いだった。常々仰られていた「百の議論より一つの実行」をまさに教えて頂いた気がする。

■ コンマ1秒も手待ちは手待ち

「改善と言うと何か大げさなことをするように思われがちだが、決してそうではない。毎日の作業と言うのは細かな積み重ねの上に成り立っている。そのちょっとした見過しがちなムダというのが、実はいたるところに潜んでいる。例えばスイッチを押す一瞬、ほんのコンマ何秒かもしれないが、毎回毎回そこで手を止めると回数が重なれば大きな時間となる。生産性が上がりました、なんて報告を受けて現場を見てみるというと、まだまだこういうことがあちこちに転がっておるんだ」

 改善活動も最初のうちは当然現場はムダだらけだから、いくらでも改善のネタがある。しかし時間を重ねてくると、今度は大物狙いになって来て、小さなムダを見過ごしがちになる。やり尽くしたと思っても、ムダなんていうものはそうそう簡単に無くなるものではないんだよ、と、諭すように教えて頂いた時の言葉である。
 実は改善に行き詰まってなかなかご報告に伺えなかった時のこと、秘書の方から電話があり「うちの大野が『あいつらも行き詰まっておるのではないか』と心配しておりますよ」と電話があって、取るものもとりあえず御報告に伺った時のひとコマである。

■ 売り上げが減っても儲かる方法を考えろ

「今必要なことは、今より仕事量が減っても儲かる方法と言うものを、絶えず考えておかねばならんということです。しかし、増えることは考えても、減ることを考えておる経営者はなかなかおらんのでね。量が増えて生産性を上げられる工場管理者なんていうのも世の中にはいっぱいおるが、量が減っても現場から利益を生み出せる管理者が、本当の現場の管理者なんだね」

 今の話ではない。およそ30年ほど前に話して頂いたことだ。時、まだバブルに至っておらず、円高で世間が騒いでいたと言えども、まだ200円台だった。もちろん「低」成長とは言え、経済成長は今とは比較にはならない数字であったから、まさしく時代の先の先というものを見通されていたのだろう。ほかにも、今のデフレ時代を予言したようなお話がいっぱいあった。大野先生にしてみれば、このままこうなれば、そうなる、と言う当たり前のお話をされただけなのかもしれないが、我々にとって20年以上も前にこのようにお話が伺えたと言うことの意義は大きい。世の中が何に浮かれようが、やがてこうなると言う指針を既に与えて頂いていたからだ。
 そしてこの大野先生の予言とも言う言葉がここ数年で次々と現実になっていく様を目にして、ようやく大野先生のお言葉の数々の真意に我々も実感のあるものとして触れたと言う次第である。

■ トヨタ式は中小企業のものの作り方だ

「トヨタ生産方式というのは、中小企業のものの作り方なんだ。トヨタだって元を質せば中小企業だったんだからね。会社と言うものは大きくなると書類だ根回しだと手続きばかり増えて、ちっとも変わろうとせん。その点小さな会社は親方がこうするぞと言えば、部下はやらざるをえんからね」

 我々がクリーニングの業者の皆さんと一緒に、その門を敲いた時、色々な改善のお話をして頂いたわけだが、いつもいつも我々に聞かせて頂いた話のひとつがこれだ。決してトヨタ式は大きな会社のものではない、自動車産業だからできるわけではない。まして(世間の言うように下請けに力がある)トヨタだからではないのだと、いつもおっしゃられていた。むしろ会社は大きくなると役所のようになっていかんと、当時のトヨタ自動車の状況などもそれとなくお話いただいた記憶がある。だから「あんたたちはいいぞ、自分で決めたら自分で実行すれば良いのだから」といわれて、大野先生ほどの方でも、話を伝えるご苦労が多いことを実感した。またわれわれが零細だったからか、大野先生なりのサービストークであったのだろう、本当に優しい笑顔で改善事例もものすごく日常的で身近な例を出してお話して頂いた。これはまた別の機会に紹介したいと思うが、とにかく経営は規模ではない、売上ではない、内容なのだと常々おっしゃられていたのが懐かしい。

■ 日本が戦争に負けたから

「それは、日本が戦争に負けたからね。なんとか日本を良くして行かなければいけない。そのためにも絶対に成功させなければいけなかった」

 誰かがある時「どうしてトヨタ方式と言う大変なことに取り組まれたのですか?」という質問をした時の、大野先生のお返事である。「日本が戦争に負けたから」とおっしゃられた言葉を聞いて、予想もしなかったその答えにしばらく頭が真っ白になった。それも、なにかとても重たい話ではなく、きわめて当然の話をされるように、普通の調子で「日本が戦争に負けたから」と言われたのがショックだったのだ。そうだ、日本はアメリカに負けたんだ。そんなことは知識としては一般常識以前のレベルの話である。しかし実体のある事実として、形や重さや温度のある言葉として「日本が戦争に負けた」事実を、当時25歳の青年は何か必死で受け止めようとしていた。大げさな話ではなくて、過去が現在へ、現在が過去へつながっている実感、そして「日本が戦争に負けた」結果として、日本と言う国を産業復興を通して、良くして行こうという気概を持ち、そのことに対し何の衒いもなく正面から取り組んでいる人がこの世の中にいるという事実に、心の底から震えた。もちろん世の中には立派な方はいっぱい見えるに違いない。しかし残念ながら、自分にはこの時の言葉ほど心を揺さぶられたものはない。「どうして」と問われて「日本が戦争に負けたから」と答えられる人を、残念ながら単に私が他に知らないだけかもしれない。しかし、それでも敢えて自分は大野先生の志の高さを思わずにはいられないのだ。

■ 人は根気よく育てるしかない

「人に言うことをきかせるのは難しい。大体私はそんなに簡単に人が言うことをきくとは思っておらん。こっちがやってもらいたいことがあるのなら、これはもう根気強く当たるしかないんだね。まして今までと違う何か変わったことをやるというと、社員からの抵抗が強い。しかし抵抗が強ければ強いほど後から意見も多く出るんでね。そういう点でもトップのやる気にかかってくるんですよ」

 これは誰かが「うちの社員はなかなか言うことをきいてくれない」とぼやいた時の大野先生の言葉である。ぼやく暇があるなら、もっと現場で社員に向き合え、というお叱りだと我々は聞いた。何もかにもトップ次第だぞ、と。お前のやる気だけじゃないか、と。第一、大野先生ほどの立場の方でも、簡単には現場は言うことを聞かないと言う認識で臨まれているのが凄かった。余談だが、本当に厳しい場面では現場から殺されても良いという気持ちでおられたという。だから、大野先生は工場内で帽子をかぶらなかったとも。「スパナか何かで殴られたら、どうせヘルメットなんか被っておっても役に立たんからね」と笑っておっしゃっておられたが、この腹の据わり方には言葉がなかった。

■ 今のトヨタ式は人間に例えたら江戸時代だ

「人類の歴史も原始人の時代に始まって、色々な時代を経て現在につながる。トヨタ生産方式も同じなんだね。さしずめ今の(註:昭和50年代末)トヨタ生産方式を人間の歴史に例えると、江戸時代の人間のようなもので、現代人になるまでにはまだまだ改善が必要だ」

 この話を聞かせて頂いた時、思わず鳥肌が立った。なんということを考えている方なのだ! そして何という厳しい方なのだ! 翻って自分達に重ねて考えてみると、我々は疑うまでもなく原始人レベルだなあと、落ち込んだものである。まあ当時は落ち込む実力さえなかったのだが。しかし、今考えても凄い言葉である。大野先生の考えていたトヨタ方式というのはどんなものだったのだろう? 色々な話を聞かせて頂いたが、一番インパクトのあったお言葉である。そして現代人になったトヨタ生産方式の姿を夢想して見るが、自分の想像力の貧困さに呆れるばかりである。

■ 部分でなく全体に目を向けろ

「改善というとどうしても部分ばかりに目が行きがちで、この工程を改善しましたなどといって報告を受けたりするのだが、その前や後ろはどうなっておるのかと言うんだね。その工程がいくら良くなっても、ただの作りすぎになっておる場合が多い。段取り替えにしても、こんなに速くできるようになりましたなんて喜んでいるが、本当は必要なタイミングでできることが大切でね。なかなか全体を見て改善をするということができていないが、これは非常に大事なことなんだ」

 木を見て森を見ず、というのは我々が改善を行うときに陥りがちな態度なのだが、部分と全体の問題は常々頭においておかないと、どうしても部分の改善になってしまうことが多い。で、改善の報告にうかがったときに我々がいつも大野先生に指摘されたことは、それで儲かったのかどうか、ということだった。改善のための改善にはなっていないだろうな、ちゃんとそれが利益に結びついているのだろうな、とおっしゃるのだ。「企業経営は利益が出てナンボだからね」と笑って仰られていたが、何とも重たい言葉である。当時はともすれば改善して満足、なんていうことがしばしばであったからだ。

■ 改善とは変えることなり

「改善とは良くなることじゃ無い。結果として良くなるか悪くなるか、そんなことはやってみんと分からん。議論なんか何時間しとったって答えなんか出ん。悪くなったら、何が悪かったんだろうと考えて、また変えれば良いじゃ無いか。改善とは変えることなり、だ。上手くいったら、それにこだわって変えようとせん。それではだめだ。また上手い結果が出なかったからといって元に戻すのは一番つまらん。大切なのは変えるということなんだ」

 いつもいつも繰り返し言われたことは、変えると言うことの大切さだった。今が一番悪いと言う言葉にもつながるのだが、自分のやった改善にこだわってはイカン、と常々おっしゃられていた。またその改善結果にこだわってもダメだ、と。変えることこそが改善で、とにかくやってみる、実行にうつすことが一番大切なのだと言われるのだが、さて実行しようとすると自分の殻に突き当たる。上手くいった結果にこだわらずに変えていくその厳しさ。まず誰に対してより、己に対して一番厳しくするということだとお教えいただいたが、うーん、反省の日々である。